金澤 標柱のある風景

懸作(かけづくり)

浅野川大橋の袂、並木町側の橋場町緑地にあります。

 

 

 

 

由来説明文「加賀藩初期から上期にかけて、この土地で掛作の仮屋を設けて商売をするものがいたのでこの名で呼ばれ、その後橋場町になった。」(金沢市HPより)

 

向こう側が懸作、手前は橋場町の標柱です。

 

 

設置場所住所 金沢市橋場町4 ※金沢市HPでは「尾張町4-11」となっていましたがそのような住所が存在しない為、橋場町緑地の住所を記載しました

金澤 標柱のある風景

旧手木町(てこまち)

本多町の住宅街にあります。

 

 

標柱撮影の時には古今金澤と云うスマホアプリを使って場所を探していますが、この「旧手木町」の標柱はアプリが示した場所には無く、100m程離れた位置にありました。下のコンクリートが新しい様ですし、アプリが示した位置の民家が新築でしたので最近移動したのだと思われます。

 

 

由来説明文「藩政時代、城中の露地方として庭造りをしたり、藩主の行列の際に荷物を運搬する手木足軽の組地であったので、お手木町、御手木ノ町と称され、明治4年、手木町となった。てこのまちとも呼ばれた」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所住所 本多町1−11−5先

金澤 標柱のある風景

旧博労町(ばくろまち)

大通りの博労町交差点から黒門口方向の右側は現在も博労町です。

 

 

 

 

由来説明文「藩政期、馬を売買するかたわら、藩士の稽古用の賃馬を飼育する博労たちが住んだことからこの名がついた。馬労町とも書いた。」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所住所 尾張町2−4−12先


金澤 標柱のある風景

旧木町(きまち)

大通りからひがし茶屋街に向かう途中にあります。

 

 

 

由来説明文「藩政のころ、材木問屋が集まっていたので、はじめ卯辰ノ木町、四丁木町などと呼ばれ、のち、この名がついた。」(金沢市HPより)

 

 

付近にはお土産屋さんや飲食店などが軒を連ね、昼間は観光客でごった返しています。

 

 

設置場所住所 東山1−4−40