イベント

金沢城鼠多門寄進事業「記名会」に行って来ました

金沢城鼠多門復元工事の寄進者が参加出来る記名会に行って来ました。

 

大手門から金沢城公園に入ると河北門の下に案内板がありました。

 

石川門にも。

 

橋爪門を入り五十間長屋が会場です。

 

通常の見学の入り口とは別の入り口です。

 

受付を済ませて会場に入ると机が並んでいます。

 

各机に平瓦の実物が置いてあります。紙に書いた原稿をスキャンしてレーザーなどで焼き付けるのかと思っていましたが、そうではなく実際に使われる瓦に直に書き込むのでした。なかなかのアナログですね。

寄進1口(5000円)に対してこの平瓦か壁板のどちらか1枚に記名をする事が出来ます。私は平瓦と壁板に2口ずつ寄進しました。一人で何枚も書いてもしょうがないのでお友達のNさんを誘って1枚ずつ記名しました。書く内容はなんでもよくて絵を書いてる方もいましたし、業者らしい方は会社名を書いていたみたいです。

 

平瓦に記名したら反対側で壁板に記名します。壁板は縦長の木板で縦長のスペース1つで2口分でした。

平瓦は外壁の海鼠壁に使われ、壁板は内部の壁に使われます。どちらも記名した側は裏側で完成後は見る事は出来ません。但し、自分が記名した瓦が何処にあるかは判る様になるらしいです。

いつか、解体か修復される事になったらもしかしたら見られるのかもしれませんが、木造建築は正しく管理された上で、火災にも自然災害にも逢わなければ数百年の耐久性があります。法隆寺などは千年以上持ってますからね。記名は用意されていた筆ペンやマジックペンで書きましたが、マジックペンの顔料が何百年も残るのでしょうか。残ったとしても、そんな未来の人には今の漢字は読めないかもしれません。それどころか日本語が使われているかどうかも判りませんし、そもそも日本が存在してるかどうかも定かではありませんけどね。

 

寄進の証明書を頂きました。

 

記念品も4口分頂きました。

 

平瓦を模したコースターです。帰り際にペットボトルの飲み物も下さいました。

 

鼠多門の工事現場で寄進者だけの見学会も開催されていました。せっかくなの行ってみましょう。

 

続く→

 


金澤 標柱のある風景

旧白山町(しらやまちょう)

白山坂の途中にあります。坂名共々「しらやま」と「はくさん」の2説がありますが、波着寺の山号に由来する為「しらやま」が正しいと思われます。

 

 

 

由来説明文「藩政時代、波着寺門前と呼ばれていたが、波着寺の山号が白山であるところから、明治4年、この名に改められた。」(金沢市HPより)

 

 

設置場所住所 石引2−20−19先

グルメ

北海道物産展で頂く「オホーツク干貝柱 塩ラーメン」

めいてつエムザで開催中の北海道大物産展に行って来ました。

 

 

主な目的は函館竹田食品の数の子松前漬けの購入です。お気に入りなんです。

 

 

これも気になりますね。頂いてみましょう。

 

スープは確かに干貝柱の味がよく出ています。具材も干貝柱ですね。普通の帆立よりも食感がしっかりしててお味が濃厚です。貝柱の横の味噌を溶くと味変します。しかし、北国の味付けは金沢の人には少々濃いかもしれません。ちょっと塩味がきついかなと思いました。お隣のテーブルでもそんな話をしてましたよ。貝柱の出汁は凄くいいんですが・・。

 

これも気になってました。

 

タピオカドリンクみたいな太いストローですが、粒は粒でもタピオカではなくて、イクラみたいなのが噛むとにプチッと弾けて中にはソーダ水が入っているのです。シュワシュワします。

 

写真では判り難いですが、下に沈んでるのがそうです。

 

地元TV局の情報番組の中継があるのでしょう、打ち合わせ中みたいでした。レポーターは元ミス百万石の方。流石にお綺麗ですね。

 


グルメ

あれ?1色減ったぞ カラーラーメン

年2回程所用で黒部まで出掛けますが、途中で道の駅高岡万葉の里に立ち寄ってカラーラーメンを頂くのが3回続き、最早ルーティーンの様になってます。

 

 

赤とピンクは頂きました。今日は何色にしましょうか。あれ、8色になってますね。確か春に来た時は9色だったはず。1色減ってしまいました。

 

今日は黒にしましょう。

 

色は濃いですが見た目ほどには味は濃くないですね。

 


グルメ

手打ち蕎麦処「みや村」

同業者のKさんと佛具店に行く途中でお昼にしました。

 

 

Kさんたっての希望で神宮寺の「みや村」さんにしました。

 

ガラスの向こうが蕎麦打ちのスペースになっています。

 

おろし天ざるを頂きました。

 

 

Kさんの奢りでした。ゴチになりま〜す。

 


旅行記

潮待港「鞆の浦」_岡山・広島1泊旅行⑰

→前回からの続き

 

阿伏兎観音を後にして、次の目的地に向かいます。

 

阿伏兎観音から10数分で鞆の浦に到着しました。我々の様な県外の観光客は「鞆の浦」と言いますが、地元の方やタクシーの運転手さんは「鞆」と言います。地名が「鞆」で鞆の港と云う意味で「鞆の浦」なのですね。

 

古い町並みがいい感じ。

 

この路地もいいですね〜。

 

 

ここにもレトロなポストがありました。

 

ここ鞆の浦は瀬戸内海の略中央になるので、満潮時は東西からそれぞれ流れ込む海流がこの沖でぶつかり、干潮時にはここを境にして東西に分かれて流れ出すので、かつての船は満潮に乗って鞆の浦にやって来て、干潮にのって目的地に向かっていったのだそうです。当時は潮待ちの船で港は賑わい、街はとても繁栄したのだそう。

しかし、明治に入り、動力を持った汽船が就航したり鉄道が開通したりして潮待ちの必要が無くなり、次第に街も廃れ時代の流れに取り残されてしまいました。しかし、そのお蔭で古い当時の物が色々と残っているのですね。

 

常夜灯は鞆の浦のシンボルですね。

 

観光客もあまり多くなく、変に観光地化してないのがとてもいい感じです。

 

 

続く→

 


グルメ

牛タンカツ

此花町の牛カツ「ゆらん」さんへ。

 

 

開店直後なので空いていました。店内は綺麗です。

 

夜は居酒屋になるようで、突き出しが出て来ました。

 

タレは右からポン酢・醤油・なんとかの塩?。

 

牛ヒレのサイコロカツです。

 

ヒレサイコロカツ2個と牛タンカツ1切をトレードしてシェア。タンカツは分厚いけど柔らかいです。

 

ご飯とお味噌汁を頂いて定食に。

 

串カツも注文しました。鱧と牛ヒレです。