金澤 標柱のある風景

旧西内惣構堀(にしうちそうがまえぼり)

金沢城の内堀の一部でした。

 

 

水路は今は暗渠になっているのか、見る事は出来ません。

 

由来説明文「金沢城防備のため、二代藩主利長が慶長4年に高山右近に命じて掘らせた西側の内堀である。旧上松原町から始まり尾張町2丁目を経て浅野川まで約1,600メートル、城側に土居を盛り、竹藪を配していたが、今はその面影は殆どない。」(金沢市HPより)

 

狭い道が入り組んだ所ですが、付近はちょっとした広見になっています。

 

 

 

設置場所住所 尾張町2−6−22

金澤 標柱のある風景

旧白山町(しらやまちょう)

白山坂の途中にあります。坂名共々「しらやま」と「はくさん」の2説がありますが、波着寺の山号に由来する為「しらやま」が正しいと思われます。

 

 

 

由来説明文「藩政時代、波着寺門前と呼ばれていたが、波着寺の山号が白山であるところから、明治4年、この名に改められた。」(金沢市HPより)

 

 

設置場所住所 石引2−20−19先

金澤 標柱のある風景

旧玄蕃町(げんばまち)

天神橋の豊国町と反対側の袂近くです。

 

 

原付がお隣に停められていました。

 

由来説明文「加賀藩重臣、津田玄蕃の下屋敷があったところで、明治の初め、この名がつけられた。」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所住所 材木町8-18先  ※金沢市HPでは橋場町13−17先となっていますが実際の設置場所と若干位置が異なる為、実際の住所を記載しました。