名称の由来は宝円寺の裏門にあったからです。

 

 

現在の宝円寺の裏は住宅街になっていてその先に墓地があり、墓地を抜け民家の敷地みたいな細い道を通ると裏門坂に至ります。

 

裏門坂の上付近も住宅街になっていますが、裏門坂は車の通行は出来ません。木曽坂を経由すれば車の通行が可能です。

 

階段とスロープになっていて、坂を下れば扇町に至ります。

 

最も眺望が良い位置の住宅は朽ちて倒壊してしまっています。

 

界隈の主(ぬし)が現れました。

 

 

一旦下って見上げてみました。20代の頃、坂を下った辺りに5〜6年間住んでいた事があるのですが、この道は全く知りませんでした。

 

「サカロジー」に依れば、1669年までは「寶圓寺谷坂」と呼ばれていたのだそう。この年に宝円寺が再建されるまではこちらが正門だったそうで、再建後に馬坂側が正門になったのだそうです。確かに1667年の古地図を見ると裏門坂の辺りは「寶圓寺門前」と記載されています。金沢古蹟志にも同様の記載があります。更には「其の地景巌石岨ちて、谷川の流れ、雜木生ひ茂りたる風景、實に人跡絶えたる幽谷の樵道の如く、金澤市中の地景に非ず」と記載されています。

 

 

※写真は2017〜2019年に撮影