金沢城の内堀の一部でした。

 

 

水路は今は暗渠になっているのか、見る事は出来ません。

 

由来説明文「金沢城防備のため、二代藩主利長が慶長4年に高山右近に命じて掘らせた西側の内堀である。旧上松原町から始まり尾張町2丁目を経て浅野川まで約1,600メートル、城側に土居を盛り、竹藪を配していたが、今はその面影は殆どない。」(金沢市HPより)

 

狭い道が入り組んだ所ですが、付近はちょっとした広見になっています。

 

 

 

設置場所住所 尾張町2−6−22