本多町の住宅街にあります。

 

 

標柱撮影の時には古今金澤と云うスマホアプリを使って場所を探していますが、この「旧手木町」の標柱はアプリが示した場所には無く、100m程離れた位置にありました。下のコンクリートが新しい様ですし、アプリが示した位置の民家が新築でしたので最近移動したのだと思われます。

 

 

由来説明文「藩政時代、城中の露地方として庭造りをしたり、藩主の行列の際に荷物を運搬する手木足軽の組地であったので、お手木町、御手木ノ町と称され、明治4年、手木町となった。てこのまちとも呼ばれた」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所住所 本多町1−11−5先