金澤 標柱のある風景

中橋町(なかばしまち)

且つて中橋陸橋があった場所の近くです。

 

 

 

由来説明文「宮腰往還を横切る3本の用水に、三つの橋が架けられその中央の橋を中橋と呼んだ。この橋の近くにある町なので、この名がついた。」(金沢市HPより)

 

 

 

 

設置場所 中橋町90先

 

※このカテゴリーで現在掲載中の写真は2020年1月上旬迄に撮影したものです。


金澤 標柱のある風景

新坂(しんさか)

嫁坂と繋がっています。

 

 

 

由来説明文「加賀藩前期、嫁坂のあとにできたのでこの名がついた。昔は、小立野新坂、笠舞新坂ともよばれた。」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所 石引2−26−8先

 

 

 

※このカテゴリーで現在掲載中の写真は2020年1月上旬迄に撮影したものです。


金澤 標柱のある風景

瓢箪町(ひょうたんまち)

明成小学校の敷地の片隅に設置されています。

 

 

 

由来説明文「藩政の中ごろまでこのあたりは塩屋町の一部で、この地に瓢箪をつくる者がいたから、また瓢箪を売る店があったことから、この名がついたといわれる。」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所 瓢箪町5−48

 

※このカテゴリーで現在掲載中の写真は2020年1月上旬迄に撮影したものです。


金澤 標柱のある風景

旧醒ヶ井町(さめがいちょう)

醒ヶ井公園の一角に設置されています。「旧」となっていますが、設置場所から約100m離れた場所に町名は現存してます。

 

 

 

由来説明文「藩政時代は北広岡村領の請地で、前田土佐守の下屋敷(家中町)があった。目の醒めるようなきれいな水の井戸があったことから、明治2年、町名となった。」(金沢市HPより)

 

 

 

設置場所 広岡1−17

 

実際の町域

 

※このカテゴリーで現在掲載中の写真は2020年1月上旬迄に撮影したものです。


金澤 標柱のある風景

橋場町(はしばちょう)

浅野川大橋の近くです。

 

 

 

懸作(かけづくり)標柱のお隣です。

 

由来説明文「天正年間は懸作・掛作とよび、商人が浅野川の河原に掛作(仮屋)を作って商売をしていた。藩政期には橋爪町・橋端町ともいった。町名は大橋詰めの位置に由来するという。」(金沢市HPより)

 

 

設置場所住所 橋場町4

 

※このカテゴリーで現在掲載中の写真は2020年1月上旬迄に撮影したものです。